僕の好きな歌(クラスの歌を2曲作った話)




教師3年目で大変なクラスの担任になる


教師3年目の時のことです。
初任から3年生、4年生と2年間担任した子とお別れし、初めて別の子を担任することになりました(当時は2年ごとにクラス替えで担任も持ち上がりが普通)。
しかし、新しく担任する4年生は、前年度まだ「学級崩壊」という言葉がない頃だったにもかかわらず、学級崩壊したクラスだったのです。

授業中に立ち歩く、ボール遊びをする、担任に「死ね」と迫る等々。副校長が担任の代わりに授業をしても収まらないクラスを、教職経験3年目の私が担任することになりました。

今なら当然クラス替えをするでしょうし、担任以外の複数の先生で指導することになるのですが、その頃は「クラス替えは2年に一度」「担任以外の先生は入らない」が当たり前の頃でした。

その学年の子供たちとは、結局4年生〜6年生まで3年間担任することになり、私の初めての卒業生もその子たちになりました。

そのクラスでどのように子どもたちと関わっていったのかという話は、ここでは語り尽くせないのですが、まだ若かったこともあり、毎日必死でした。

クラスの歌作りに挑戦

そのような日々を過ごしていた9月、私が所属していたYSRS(横浜市学校レクセミナー)の「オリジナルレク材セミナー」で、人生初の歌作りに挑戦することにしました。そして「クラスの歌」を作ろうと考えたのです。
歌を作る方法として、

  • 子どもから「どんな歌にしたいか」「入れたい言葉」のアンケートをとる
  • その言葉をまとめて作詞する

ことにしました。

  • クラス目標の言葉を入れたい
  • 「元気」「明るい」「仲良く」「思い出」などの言葉を入れたい

などの意見が多く、私も極力子どもが書いたキーワードのもとに人生初の作詞をしました。そして生まれたのがこの歌。

    光輝く4年1組

4年1組 明るく元気で 楽しいクラス
いつでも どこでも 誰とでも
みんな仲良く 遊んじゃう

4年1組 みんなやる気の あるクラス
いつでも どこでも 誰だって
一生懸命 頑張っちゃう

4年1組 友達のことが 好きなクラス
いつでも どこでも 困ってる
人がいたなら 助けちゃう

ここは4年1組 全員が主人公 
みんなでたくさんの 思い出作っていこう

どうしても歌詞に入れられないアンケートが1つ

しかし、どうやっても、他の子と書いている傾向が違いすぎて、歌詞に入れられない言葉を書いた子がいたのです。
それには、このように書いてありました。

楽しいやつ(シャレが入って明るい)
ドナドナみたいなのはだめ(つまらない)
楽しい言葉を入れる 例 チョーパーチョーパー
音楽は幸せだったらパンパンパンの音楽がいい


でも、全員の言葉を入れたい。でも、チョーパーチョーパーを入れるのは難しい・・

悩んだ末・・・

子どもにクラスの歌をお披露目する日

「みんなの意見を取り入れて、クラスの歌が完成しました。
でも、1人だけ、どうしてもその歌の中に言葉を入れられないのがあって・・・

だから、その分もう1曲作りました!!」

「えっ!」ってなりますよね。

どうしてもクラスの歌の中に言葉を入れられなかったことを書いたMくんはとても個性的な子でした。4年生にもかかわらず、ラジオにハマり、よく「岸谷吾郎の東京レディオクラブ」についてクラスメイトに熱く語り、「こうちゃんの言ってることよくわからないよ」と言われていました。

Mくんが書いた言葉をほとんど生かし、私が歌詞を整え、友人が作曲したのが、次の曲。

「僕の好きな歌」

ぼくの好きな歌は楽しいやつ (かっこ
シャレが入って明るいやつ かっことじ)

ドナドナみたいな歌はダメ (かっこ
つまらないし かっこ悪いから かっことじ)

楽しい言葉を入れよう 例 チョーパーチョーパー
音楽は 幸せだったらパンパンパンの音楽がいい

ぼくの好きな歌は楽しいやつ (かっこ
シャレが入って 明るいやつ かっことじ)

作曲した友人は後日「桑田佳祐をイメージして作曲した」と言っていました。
※音源は近日中にアップ予定。

クラスの歌とともに、この「ぼくの好きな歌」は
クラスの歌と共に、ことあるごとに、クラスで歌われることになります。

ちなみに、「僕の好きな歌」は、翌年の「全国学校レクリエーション交流セミナー」のオリジナルレク材コンテストのソング部門で第2位になりました。

 後日談

4年生の終わりにクラス替えをして、私はそのまま5年、6年と持ち上がり、初めての卒業生もこの子たちに。
Mくんは5年生からは隣の隣のクラスです。


それから10数年後、別の学校に移動していた。私に連絡が入りました。
「Mくんが病気で亡くなった。」

たまたま当時のクラスに前任校からの転入生がいて、その子の保護者経由で伝わってきたのです。

まだ20代半ばです。
通夜で、大人になり立派になったかつての教え子に再会しました。

1番やんちゃして手がかかった子が
「俺たちほんとに悪かった。3年の時の担任に謝りたい。」

そしてみな口々に
「こうちゃんの歌ってあったよね。」
「先生歌える?」

今振り返ると若かったから未熟で自分の引き出しも少なく、必死に取り組むしかできることはなく、今だったらもっと上手くできると思うことだらけでした。

しかしあの時うまく詩の中に入らないからといってスルーするのではなく、別に歌を作ったこと、大人になって立派になった教え子に会い、どんなに手がかかる子どもも成長すると実感できたことは自分の大きな財産になっています。

そのとき再開した教え子とは、今ではSNSを通じて交流が続いています。




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